2005.10.25

何とかしなくちゃ

毎日何か書けばいいのに、本当に長い間隔をおいてしまう。この頃は一時期のような「何で、こんなことになってしまったのだ」という怒りのような気持ちが少なくなってきたような気がする。あきらめ?最近忙しくてあんまりいろんなことを考える時間が無いから?あ~あ。

季節もどんどん変わっていって、もうすっかり寒くなってきてしまったのだ。雪虫も見たし、雪の降るのも近いのかも。
植えただけで全くお手入れできなかった今年の庭、みんなもう片付けたって言ってるのになあ。
朝起きたかと思うとすぐ夕方になってしまって、今日はまたできなかった、ということになるのだ。何とかしなくちゃ。

2005.01.05

「中流」分かれちゃった?

昨日は森永卓郎さんの「家計破綻」に負けない経済学という本を読み、新聞に出ていた作家の桐野夏生さんの記事を読んで、何だかすっかり暗い気分になってしまった。少数の大金持ちとその反対の低所得層の増加って、本当に進んでいるんだなあ。
正採用の仕事になかなか就けない若い人の話は自分の周りでもよく聞くことだ。親がまだ働いているから少ない給料でも若い人は食べていけるのかもしれないけど、なかなか自立した暮らしをすることができない。前は一億層中流とか言われてたのにどうなっちゃったんだろう。一部の大金持ちと大多数の貧しい層、というのはやっぱり納得できない社会構造。森永さんは年収300万なら豊かな暮らしができるけど100万台では無理、といってるけどほんとにそうだろう。田舎に住んで自分の食べるものは自分で作るという自給自足みたいな生活をするのならともかく、都会ではできないだろうなあ。そんな状況にたくさんの若者がなっているというのに、絶望して批判することもしないとはどういうことだろう。

その一方で日本国内で出た利益を巧妙に海外移転させるケースもたくさん出ている、というニュース。高い金利で一生懸命お金を払ったのは全部丸儲けされているのか。低所得でも知識は持って対抗策を考えなくては。とはいえ、なかなか攻めの体勢には入れそうもないが。

2004.11.22

進歩が早い

 今、ネットでラジオを聴きながら書いている。とても気持ち良い音楽が次々かかっていてすごく気持ち良い。インターネットの中毒にはまってしまっているという感じがするので適当にしておかなければと思うのだけれど、いろいろなところを見て情報を得るのは自分にとってはほんとに面白い。しかしそれに反比例して私の目はどんどん悪くなっている。いくらブルーベリーの錠剤をのんだところで、こんなに画面を見つめていて目に良いはずがないだろうとは思うのだ。このところ、もうそういう年齢になったんだと自覚しているんだけど、ほんとに年を感じる。目がついていかなくなったらどうしよう。
 それにしても、インターネットにしろ携帯にしろ、自分なんかにはとっても追いついていけないことが次々出てくる。なんて進歩が早いんだろう。特に携帯はこんなことができるのか、と驚くばかりで、ほんとに携帯の進歩からはおくれていると思う。電話ができてメールができれば十分ではないかと思うのだけれど、デジカメにもなりビデオにもなり、テレビも見られるのがあるらしい。お財布の代わりにもなるらしいし、携帯は便利だからどんどん他の機能もついていくのだ。きれいな写真の撮れる携帯は魅力だなあと思う。だけど自分は携帯は持っているけどしょっちゅう持ち歩くこと自体を忘れる。どうも電話を持ち歩くという感覚が身についていない。全く意味がないといわれてしまうのだが確かにどこにいても連絡が取れて便利なんだけど何か追いかけられているような感じもして持ってないほうが気楽で良いという感じもする。

2004.11.21

暉峻先生の講演

 暉峻淑子先生の講演のテープを聞いた。前に岩波新書の『豊かさの条件』を読んだから、どんなお話をされたのか興味があった。暉峻さんの専門は生活経済学で、経済学なんか何にもわからないからそういう分野があることも知らなかったが、毎日の生活の質を問題にしているのだと思った。
 毎日の生活の中では家計簿が自分の生活を知る上での大きな指標になるというのは簡単に想像がつく。お金でも時間でもどんなことに使ったか記録していなければ自分がどんなことに使ったかもわからなくなってしまう。だからまず記録はした方が良い。その上で記録したものをみて、使ったお金が生活の質という点から見てどうなのかを考えなくてはならないのだろう。食費が多くても出来合いのものを買ったり外食が多ければ食事の質、ということから見れば良いとは言えない。食品の中の添加物は少ない方がいいし、味や栄養を考えれば肥えた土で農薬などを使わずにできた野菜の方がいいに決まってる。私は家計簿をつけるのは何となく節約のため、というような気がしていたのだけれど、安ければ良いというような考えではなく、自分の生活の質を考えるのに家計簿は必要なのだった。
 それと、自分だけの生活を考えるのに止まらず、自分の生活は社会とつながっているのだということを考える必要がある。大きな社会から見れば自分なんてほんの小さな存在だが、細胞が体を作っているのと同じように社会をつくっているのだ。風呂屋の経済学という言葉を初めて聞いたのだけど、皆が自分の家に風呂を持つようになっていけば、まだお風呂屋さんにいきたいと思う人が少しはいたとしても風呂屋さん自体がなくなってしまう。マイカーを持つ人が多くなって公共の交通機関もだんだんさびれてしまう。必要のある人はまだいても、なくなってしまうわけだ。車を持てば確かに便利、でもそのために空気は悪くなり、地球温暖化にも貢献し、自動車のメンテで実際には公共交通機関を使うよりもお金はかかってしまう。税金として出したお金が何に使われているのか、まかせっきりにしないで少しは興味を持って見てみればいいのだ。競争や経済成長がすべてではなく、一部の人に富が偏るのではなく、全体的に皆がより良い生活をしているかどうかということを考えた方が社会全体の発達にもなる。その時、より良い生活というのはただ便利で安楽な生活というのではなく、仕事ばかりに偏るのでもなく、健康に暮らせて、自分にとっての生きがいを追求できるようなものなのだろう。
 先生は今、社会全体が荒波のように変動し、なかなか計画的に暮らせない人も多くなっているということをいわれていた。家計簿は一定の収入があって安定している時には確かに将来を見通すものになるだろうが、不況、失業、フリーター、ニート、低賃金など、家計簿でちまちまやり繰りするのも不可能なような状況が生まれているのだ。一体どうしたらいいのだろう。自分だけ良くて他の人はどうでも平気、というのではなく、協力を主体にした社会を(本当はずっと歴史上長い間、協力して生きてきたはずなのだと言われた)作るように皆で考えていかなければいけないのだ。

2004.11.09

2期目も同じか...

 アメリカ大統領はブッシュに決まってしまい、残念。中にはまだ選挙の機械がブッシュに有利なように不正に数えて数を出したからで本当は出口調査の方が正しかったんだ、と言っている人もいるがもう決まってしまったのだ。こんな問題が起こるのなら何もコンピューターで投票することなんかないのに何で単純に紙で投票するのは廃れていくのだろうとかアメリカには住民登録がないってどういうことなんだろうとか思うけど。ブッシュ再選が決まると同時にイラクのファルージャを激しく攻撃するのも始まって、ますます今までのブッシュ路線は強化されていくようだ。日本はあくまでそれに同調していくのだろうか、自衛隊はどうなるんだろう。
 
 今年のように猛暑だったり台風がたくさん来たりするような地球の気候変動がこれからますます激しくなってもっともっと世界中の人たち、特に貧しい国には多くの被害を与えるようになるだろうからその救済策を早く考えておかなければならないという国連世界食糧計画事務局長のモリスさんという人の意見が今日の朝日新聞の「私の視点」というのに出ていた。こんなに環境問題が大きくなっていつ自分の上に降りかかるかわからないというような時代になっているのに、2期目のブッシュ政権はまたまた環境のことなど全く無視した政策を続けていくのだ。イラクにも劣化ウランを撒き散らしているんだが、何で世界の環境を壊しながら石油を基にした経済発展というのを続けていかなければならないのだろうか。

2004.10.30

ビンラディンのビデオ

アメリカの大統領選がもうすぐだが、今日はビンラディンが久しぶりにアルジャジーラにビデオで撮影された姿で出てきたというニュースがあった。アメリカの大統領選に何か影響があるのかなあ。ブッシュ政権はいろいろな意味で嘘ばかり言ってきていると思うのだが、これを見てアメリカのやっていることを考え直すという人がいるだろうか。どっちの陣営も自分の方に有利な方にこれを使おうということだけしか考えてないんだろうねえ。ビンラディンの言っていることは何でアメリカを標的にしたかということで、そのことも少しは考えてみないと。どっちもどっちだよなあ、暴力の連鎖だと思う。アメリカにとってビンラディンが本当の敵だったのなら、強引な理屈をつけてイラクを攻撃したブッシュのやり方はおかしいんだから、その点だけでも考えてもらいたいもんだ。

2004.08.15

事実を見よう

オリンピックが始まって戦争のこととか忘れてしまいそうになる。楽しいことはたくさんあるんだし、そんなにいろんなことを考えてる暇もない。でも相変わらずイラクなんかの状況は悪いまんまだ。暫定政権ができても抵抗勢力の反抗はおさまらず、かえってひどくなっていく。何でこんなにいつまでも戦いは終わらないのだろう。アメリカのやり方に反対する勢力はあくまで力で押さえつけるというのが変わらぬ方針、ほとんど話し合いの余地なんかないからではないのか。解決策は見つかるのだろうか。アメリカ軍ができるだけ長くイラクにいることが戦争開始前にペンタゴンで話し合われていた目標だ、というのを前に読んだことがあるけれども、それでは今の状態はアメリカの本来の目的を達成しているのかもしれない。自由と民主主義を与えるとかというのは全くの口実に過ぎないがアメリカの大統領は今もそれができたと言うのだ。今の抵抗勢力のサドル師も全く同じように自分たちには自由と民主主義が必要だと言っている。言葉だけなら何でも言える。全く反対のことを意図しながら同じ言葉を使うことはできる。やっぱりやっていることを見なくては。
今起きていることに対して何か自分ができることってあるのだろうか。毎日、一応平穏無事に生きて小さな喜びを見つける、それでいいのだろうか。

2004.08.03

やっぱり異常気象

今年は霧が少ないかと思ったらこのところしょっちゅう霧が出るようになった。日が差すと暑いし霧だと湿度が高くてうっとうしい。例年より気温が高いのは確かだと思う。冷房が要らないのがここに住んでいるいいところだと思っていたのに、もうそろそろ必要かも。
いろいろ各地で起きている大雨とか超高温状態とか、やっぱりこんなの普通の状態じゃあない。地球温暖化って、一様に気温が高くなるのではなくてこんな風に局地的な大雨とか旱魃とか、そういう風に極端な気象という形で現れるのではないかと以前にも言われていたが、その通りになってきた。そうわかったってどういうことができると言うわけではないんだけど、皆で何とかしなくちゃ普通の状態で生きていくことも難しくなってしまう。だけど何をしたらいいのか、暑くなればますます冷房が必要になるんだし…。車もないと困るし…。戦争とかテロとかっていうことよりもっと本当は考えたいことなんだけど。

今日のニュースでアメリカでテロの危険性がとても高くなっている、というニュースをやっていたが、あのように警戒している姿を映像で見せられると本当に怖いと言う感じを受ける。今こんなにテロの危険性を言うのは何故? 9.11の報告書が出たのと関係があるのかしら、それとも民主党大会が終わったばかりだから?9.11の恐怖をもう一度思い出させることが今また必要な状況なのか。本当のテロは起きませんように。

2004.07.04

仕事は大事だ

昨日のNHKの「60億人のデータマップ」という番組では、失業問題に焦点を当てていた。シリコンバレーのコンピューターの専門化が職を失いつつあるということ(人件費の安いインドなんかに仕事を出しているから)、製造業で起きているのと同じような問題が起きているということで、なんだかとってもショック。
そんな中、スウェーデンでは仕事がないということは人間の尊厳を奪う、という考えで失業者を無くす手立てが政府によって手厚くとられているということを知った。そのためには税金などが高くなってしまうんだけど、一人一人の人間が自信を持って暮らせるためにはその方が良いという選択を国民がしたということ。こういう社会もつくろうと思えば可能なんだ、ということに何となく目を開かれた感じ。やっぱり経済効率だけを優先していたのでは結局たちいかなると思った。
一度失業してしまうと、中高年は特になかなか思うような仕事に再就職することはできない。正採用をなかなか取らずアルバイトの従業員にしてしまうのは確かに企業の経済効率からしたらいいんだろうけど、やっぱり働く人のやる気とか仕事の達成感とかをうばってしまうよね。かといって自分で仕事を作ったりするのはなかなかできることではないし。この前、首相がどんどん新しく起業出来るようにした、と威張って言ってたけど、自分で新しい会社を作れる人間がどれだけいると思っているんだ。普通の人にもやりがいのある仕事につけるように、もっと政府や行政の力で出来るんだと思ったのが昨日の番組だった。もちろん一人一人がやる気を出さなくてはならないんだけど、個人の問題だけにするのはおかしい。
The Books I've Read

2004.06.22

役に立たないものはいらないか?

最近は大学なんかも役に立たない(金にならないということらしい)学部は潰して役に立つ学部を作れということになっているのだそうだけれど、そんなんでいいのか?すぐ役に立たないものは世の中に一杯あるだろうけどそういうものを無くして良い世の中になるということなんかないはずなのに。前にはどこかの会社で役に立たないものを研究せよ、なんていうのが奨励されて好きなことをやれて、それが結果的にはその会社を助けた、ということがあったっていう話もあったのに。大学の勉強なんか、役立つか役立たないかでするもんじゃあないだろう、ほんとは。好きなものとか面白そうなものをやってみる余裕みたいなのが必要なんではなかろうか。何でそんなことを考えるんだろう。働きアリしかいないように見えるアリの社会にだっていつも遊んでいるのが必ずいるのに。そんなに効率性ばかり追求するな。自由と遊びがないと駄目だと思うよ。